『光りと陰』の画家たち
僕はレンブラントが好きだ。
シャドウ部のつぶれないディーテール、片光をうまく使うハイライト。
『夜警』は彼の代表的な作品だ。
いつも光は左から右へ指すものが多く奥行きや空気感を感じて初めて海外の美術館で見たときはなんと写真ぽいのだろうと思った記憶がある。
僕は美術評論家ではないから細い描画の読み解きまではできないがとても感動した記憶がある。
仕事で海外に出かける事は多かったがなかなか美術館めぐりなどという時間は無かったので、今考えるともったいなかったなーと思う。
写真がデジタルになり始めた頃この光りと影という描写がなかなかできなくてどうしてもディーテールに苦労した。
今でいうダイナミックレンジという白から黒までの階調表現に苦労した。
どうしてもこの階調を出そうとすると白とび、黒つぶれが待っている。
どちらかを犠牲にすればできる事だがそれでは忠実に写真にすることが出来ない。
かつてのカメラマンたちはきっとといっていいくらい悩んだことだろう。
僕もそのひとりだ。
昔のビデオカメラはどうしてもフラットな光に頼らざるをえなかった。
フラットというのは光の曲線で表すと黒をゼロとして白を10で考えると長いなめらかな曲線を描けばそこには白と黒の混ざり具合の比率が無限にあるわけだが
ビデオカメラの特性としてハイライトとシャドウ部の幅が少なかったのだと思う。
今は技術の進化でもうほとんど苦労しなくてもこの部分をカバーできるようになった。
写真のライティングの手法の一つになったくらいにレンブラントはゆうめいです。
レンブラントライトなどといっているくらいに有名です。
これ以前に絵画はなんとなく宗教的な絵が多かった気がするけれど『夜警』制作以降、商人たちの豪華絢爛な趣向への変化とは真逆に、レンブラントの描く作品は、静穏、落ち着いた、という言葉が似合う作品が増えていきました。
色合いにしても、テーマも風景も、質素・簡素といえる描写となっていきました。
同じキリストを主題にしたものでも、登場人物の顔の表情には『夜警』制作以前と後では、激しさや派手さが際立っていたのが落ち着きを持った描写へと変わっている印象です。
洞察力に深みが増してきたとも解釈されています。日本の芸術に例えれば「金閣寺」から「銀閣寺」へといったところでしょうか。黄金より詫び・錆びなど。
といろいろ調べているとレンブラントは結構絵画への影響が多かったんだなと感じます。
オランダの画家でもうひとりフェルメールがいる。
彼もやはり片光をうまく使った画家だ。
フェルメールもやはりオランダの画家ですがオランダ出身の画家って結構たくさんいるんだなと思います。
フェルメールも写真的な光のライトをうまく使っているなと、思います。
次回はフェルメールを書いてみたいと思います。
今、上野の森美術館でフェルメール展をやっているので近いうちに見に行ってきたいと思います。