エッセンシャルワーカー(生活必須職従事者)のお助け隊っていないの?

もしもパートナーが要介護状態になったら

ある日突然、パートナーが要介護状態になることも決して他人事ではない。もしもそうなったとき、「寄り添ってあげたい」と思う人はどれほどいるのだろうか。

全国10〜60代の既婚者・恋人がいる男女1,009名に調査したところ、全体の61.4%が「将来、パートナーが要介護状態になったら、自分が責任をもって介護したいと思う」と回答。男女・年代別で比較すると、10〜20代までは女性のほうが割合が高いが、30代以降では男性の割合が高い結果になっている。(調べーより抜粋)

すばらしいことです。

やはり優しいお互いの愛は必要不可欠ですものね。

もちろん、僕自身もそう思っています。

そう思って、介護の研修を受けてささやかながら免許を取りました。

自分の家庭のことだけではなく、高齢化している世界中に非常に興味を持っていたから、他国の老人たちはどのように暮らしているのだろうかということに昔から興味はあった。

認知症などというものは単なるボケぐらいにしか思っていなっかた時もあった。

たしかアメリカの大統領ドナルドレーガンがアルツハイマーであると告白して話題になっていた。

だいぶ古い話ではあるが。

昔は認知症というとアルミが良くないとか言われて家にあるアルミの素材の鍋をすべてステンレスに変えたりしたこともあった。

その結果はよくわからなかったが、決して嘘ではないのだろうと今でも信じているが結果はよくわからない。

それから数十年は経っているだろう。

日本の現実は決して改善されているわけではなくむしろ高齢化の進み具合は突出しているだろう。

街を歩いているとよく目にするのは御夫婦だ。

一人歩きのご婦人や御夫婦、元気に二人で歩けているうちは幸せだと思う。

平静を保てるうちは喧嘩もできるし楽しくもあるだろう。

 

もし私が先に逝ったらという不安は誰にもある

そういう不安ていうものはいつも高齢になればなるほどいつも付きまとうのではないだろうか?

冒頭での

全国10〜60代の既婚者・恋人がいる男女1,009名に調査したところ、全体の61.4%が「将来、パートナーが要介護状態になったら、自分が責任をもって介護したいと思う」と回答。男女・年代別で比較すると、10〜20代までは女性のほうが割合が高いが、30代以降では男性の割合が高い結果になっている。(調べーより抜粋)

これが示しているように若い世代でも考えている人が多いということはこの国の不確かで見えない将来に不安をたくさん抱えながら生きていく道はもしかしたら茨の道かも知れないと思う。

介護保険があるじゃないか!

と思われがちだが介護保険が受けられるのはいろいろ条件が整わないとなかなか難しい。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/2gou_leaflet.pdf

https://www.minnanokaigo.com/guide/care-insurance/

とにかく複雑でなかなか読むのに時間がかかるし理解しにくいものもある。

介護保険はどこか全体的なテコ入れが必要なのではないかと思っている。

誰しも介護のお世話になりたいと思っている人はいないとは思う。

日本のような生活様式は希なのではないかと思うようになった。

生活様式なのか生活環境がそうさせているのか。

子供はいるけど近くにいない。

誰も見る人はいない。

社会はそれほど役に立っていない。

あらゆる世代層とのコミュニケーションがない、もしくは成り立たない。

考えれば考えるほど答えが遠のいていく。

2世帯住宅、3世帯住宅に家族が同居している世帯の比率は決して多くはないだろう。

テレビCMなどで流れているハウスメーカーのイメージは虚ろな響きにしか感じない。

消極的な考えだけでは進まない!

悲観的な考えは自分たちにとってもいいことではないと思っている。

僕自身、海外の施設の多くは知らないが

もっと多くの夢や希望と一緒に生活できる空間が作れないかなあ、と思うている。

箱(施設の建物)の中ではなく大きな自然の中で認知の方や障害のある方、精神障害のある方、ありとあらゆる人たちが共存して住める空間があったら面白いのではないだろうか。

日本の年寄りは基本的に働き者が多いはずだから、介護の基本に立ち戻って

「自立のための支援を!」提供する介護形態なんかできそうだけど、、、、

広大な土地の中に一つの街を形成して全て住居は戸建もしくは平屋建ての2軒割りで隣人同士が関わり、近隣同士が交わり

歩けばカフェがあり、ライブハウスが有り、もちろん医療から生活に必要な娯楽まで全て街の中で解決できるようなもの。

介護が必要な人に対するケアはボランティアも含めて一緒に生きていけるような空間。

誰か大きな山を三つくらいくれたらそこを開発して、動物、植物、農業、牧場、など楽しんで体を動かして一生が終われる楽しい場所。

釣りと音楽とアウトドアなど、人が生きるためには必要だろう。

自然から教わる老年からの生き方教室、、、

なんて夢見たいな話だけれど、

それをするためには元気でいなければ !!!

元気に生きるためには体を動かすこと。

今回のコロナ禍でおうちステイがいい教訓になったのではないだろうか。

この国では矯正されなかったからそれなりに近隣まで出かけることは苦労はしなかったはずだが、それでも好きには出かけられない不自由さは心的ストレスとして溜まっているはずだ。

やはり人間小屋の中よりもフィールドへ出かけたほうが学ぶことが多い。

政府では「新しい生活様式」と言っているがなかなか難しい。

マスク、フィジカルディスタンス(ソーシャルディスタンス)、手洗いうがいの励行、、守って生きていかなければとは思うが、、、

介護における海外との比較

日本はどのくらい進んでいるのか遅れているのか、、

友人に海外から来ているヘルパーがいるのだが気になって聞いたことがある。

家族構成ははっきり言ってごちゃまぜで生きているらしい、、

これは決して貧困ということではなく親兄弟、親戚が混ざって住んでいたりするので意外と介護にはそんなに苦労はしていないそうである、というような話を聞いた。

「とにかくぼーっとしている暇はない」んだそうだ。

核家族という形の多いこの国はなかなか難しいかもなーと思ってしまった。

https://kaigo.homes.co.jp/tayorini/report/caregiver/

一部分を抜粋してみた

一歩先を行く海外の介護者支援の動き

このような介護者への支援に対する海外での動きはどうでしょうか。 実は海外の方が一歩も二歩も先を進んでいると言わざるを得ません。

介護者支援の先進国といわれるイギリスでは、すでに50年以上前からケアラー運動が行われています。1995年に制定された「ケアラー法」では、介護者の権利の擁護や強化を謳い、それに基づいてさまざまなサービスが整備されました。政府からは介護者サポートのための予算も出ています。

オーストラリアでは「高齢者ケア法」により、「施設ケア」「在宅ケア」とともに「ケアラー支援」が介護をめぐる重要な柱として位置づけられており、さらに2010年の「ケアラー承認法」では、介護者の存在と権利が明文化されました。それに基づきサービスの充実が図られています。

同様の介護者支援の法律は、アメリカ、ドイツ、北欧諸国、台湾などでも施行されています。また単に法律の整備だけでなく、国、自治体やNPOなどが連携し、キメの細かい施策が行われています。

特に欧米では、要介護者のショートステイを施設だけに頼るのではなく、フォスター・ファミリー(里親)として一般家庭が自宅を開放するケースが多くみられます。それとともにホームヘルパーを派遣することも行われ、イン(派遣)とアウト(預け入れ)が一体化しているサービスが特徴となっています。

以上の介護者支援先進国に共通するのは、その支援策が具体的で、それが介護者の権利として法律で認められているということです。

たとえばイギリスでは介護者へ直接手当が支払われており、このような介護者への現金・現物支給はアメリカの「ライフスパン・レスパイト法」、スウェーデンの「社会サービス法」などでも実施されています。

また同じくイギリスでは、介護者が夜に十分な睡眠をとる権利、休日に教会に行く権利などが保障されており、そのために多様なニーズに合わせたサービスが用意されています。

社会の高齢化は先進国だけに起きている現象ではなく、長らく一人っ子政策を続けていた中国をはじめ、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの各国でも近い将来に必ず起きる問題として認識されています。それに伴って高齢者介護をどうするか、国ぐるみで取り組もうという姿勢が出てきているのです。

 

今こそ介護する人にも愛の手を

これからどんどん高齢者が増えていくというのは、誰もが分かっている事実です。でも要介護者が増えるということは、介護をする人も増えるということ。増加する介護の担い手がみな、悩み、疲れ、孤立してしまうなら、それは大きな社会的損失と言っていいでしょう。

自分の親や家族のことだから、その身内だけでするのが介護と思われがちですが、個人で対処するには限界があります。何より周囲とのつながりがなくなって、介護者と要介護者だけで孤立してしまっては、とても前を向いて進んでいくことはできません。

ではどうするか。

現在、介護者を支援する具体策として相談窓口や交流するための集まり、カフェなどが少しずつ広がりを見せています。それとともに介護者の実態調査、介護者支援法や条例の制定の動き、国会や自治体議会での質疑など、政官民を通した動きもじょじょにですが生まれてきました。

まだまだ多くの人が他人事だと思っている介護の問題。でも、いつかは自分も誰かを介護する日が来るかもしれない、そう思いながら介護をする人をいかに社会全体でサポートしていくか、今こそ考えていく必要がありそうです。

取材協力:一般社団法人 日本ケアラー連盟

決してこの国が何もしていないということではないけれど介護先進国をお手本にして日本にあった携帯を模索してもいいのではないだろうか。

介護保険法ができてまだ大して時間が経っているわけではないが1997年にできた新しいものだ。

1966年くらいにも出来上がっていたが10年間の間のブランクは長い。

イギリスでは50年以上も前にこの問題に取り組み始めているようだ。

この国の50年前というと、万博や、建設に一気に突き進んでいた頃だろう。

時代が派手になり始めた頃なのではないだろうか。

かくいう私も上辺だけを気にしてカッコだけをまとい世の中を恨みながら生きていた記憶がある。

でもこれから人類が存続していく限り永遠に続く問題なのだからより良い介護のあり方が見つかるはずだ。

清く、図々しく、かっこよく生きようではないかと思うこのごろだ。

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ABOUTこの記事をかいた人

posiposilife

outdoor好きのバイク乗りです。行動することが好きです。 じっとしていられない悪い性格でおっちょこちょいなところもしばしば。 キャンプ、釣り(Fly Fishingがとくに好き) どうしても「なんでだろう?」が頭の中でよぎると調べたり体験したりと忙しい毎日を送っています。 勉強はとっても大好き! 本郷で写真のスタジオを20年やっています。 最近始めたブログから役立つことや興味深かったこと、写真の事などを書いていきたいと思っています。