心配の種が尽きない介護職
ここのところ介護や老後の年金の問題やら高齢化が急速に進んででいるこの国にとっては当たり前のような話題が毎日届く。
高齢者のドライバーの問題もそうだが、、、
新聞、週刊誌などでも必ずと言って記事になっている。
週刊朝日は結構この分野の記事が多い。
もっとも私自身が定期購読しているということもあるのでよく目に付く機会が多いのかもしれないが。
ここのところよく読んでいる連載漫画「ヘルプマン」、、、
これは結構面白い、、、
あくまでも漫画なのだが介護に従事する若者のの姿がとても面白い。
原作者のくさか里樹(りき)
男性だと思っていたけれど女性の漫画家だった。
IWJの石上氏のインタビュウの中にもいろいろ面白いことが書いてある。
「介護をひっくり返してやる!」
という言葉、すごく理解できる。
僕自身もこれからの介護を見据えていくうえでヘルパー2級を取りに行ってきた一人ではある。
そしてせっかく取ったのだから介護施設で少し見習いで働かせてもらってもいる。
小規模多機能居宅介護という施設である。
基本的には
小規模多機能居宅介護施設というのは何でもありだ。
送迎もあり
デイサービスもあり
訪問介護もあり
もちろん
身体介護(入浴介助、排泄介助、食事介助)日常生活動作ADL(Activities of Daily Living)移動・排泄・食事・更衣・洗面・入浴などの日常生活動作機能を低下させないように手助けをしていくことも大事な仕事の要素です。

尚且つ 調理、配達と盛り沢山で数人で切り盛りしている忙しいところのような気がする。
この忙しい盛りだくさんは経験値を高めるには持って来いだと自分では思っている。
普通の人が認識している介護というものは全てだろうかと思う。
介護の学校は行けば役には立つのだろうが、ハッキリ言って実践にはあまり有効的ではない気がする。
決して役に立たないということを言っているわけではなく基本的なことは充分学べる。
授業の中でいろいろ教えてもらうわけだがとかくこの仕事は人へのサービスの提供なのだ。
お団子やおせんべいを売っているのとちょっとわけが違う。
生身の人を相手にするわけだからやはり場数を踏んだ経験値が結構役に立つ。
これしかないといっても過言じゃないと思う。
介護職の人はどんな気持ちで介護についているのだろう
介護という仕事につくとき
- 人のために
- 弱い人に寄り添う
- 人の面倒を見るのが好きだ
などと、もっとたくさんの夢や希望を持って職に就いたに違いない。
でもなかなか自分の思っていた介護ではなかったという気持ちから心が萎えて行く人もたくさんいるのだろうと思う。
正直なところ、僕もその一人だった。
毎日毎日、同じ繰り返しの中で
- 心が疲弊していく
- 壊れていく
- 逃げたくなっていく
- 朝起きるのが嫌になっていく
などという気持ちが起きる
だって朝から夜まで排泄介助しかやっていなかった時期もある、、、
「俺は、バキュームカー!」
自虐的になどと思っていた。
でもそんなことばかり考えているととてもじゃないが
「こんな仕事」というマイナーな気持ちしか生まれてこない。
これでは自分が思っていた介護に行き着けない。
では、どうしようか?
自分のやりたいようにやる、、
ということにした。
もちろん何をしてもいいというわけではない。
そこには
- 尊厳の保持
- 自立支援
- 利用者に寄り添う
などという天からのしかかってくる重圧がある。
これはあまり深く考えると自分のなかでの悩みがもっと重くなってしまう。
自分が壊れてしまう
そこで、
- 尊厳の保持
- 自立支援
- 利用者に寄り添う
ぱっと見るととても素晴らしいがとても不明確なものでもある気がしてならない。
尊厳とは
介護に従事しているとよく出てくる言葉ですね。
尊厳を守る
尊厳を支える
とよく出てきます、、辞書などで調べると。
さぁ、いかにもなセリフなので私たちは無意識に「利用者さんの尊厳…」という言葉ですがこれでは一方通行ではないのか?
もちろん利用者の方たちの尊厳は保ちつつ、介護に従事する方たちの尊厳も同時にあるのではないだろうか。
この辺に関しては非常に偏った書き方なので問題が出てきてしまうのでいずれ自分の考えを書いてみたいと思っている。
辞書などでは………
・尊くおごそかで侵しがたい・こと(さま)。
また、『個人の尊厳』で調べると・・・
・すべての個人が人間として有する人格を不可侵のものとし、これを相互に尊重する原理をいう。人間の尊厳、個人尊厳の原理、人格不可侵の原則。基本的人権と同義ともされる。
人間がみんな持っている守られるべきもの、という自然の法則、原理、権利みたいな抽象的なもの、象徴的なものだということですね。
僕自身は尊厳を次のように考えます。
『尊厳とは自尊心によって支えられる、自分が生きてることを肯定できている自分(またはその状態)』
です。
利用者さんで言い換えると……
『自分は生きていて良いのだと思えている利用者さん自身(またはその状態)』
です。
タイトルにあるような事柄から少しずれてしまっているけれど
介護とかくと
「介護を受ける人」ということを前提にみてしまう傾向にあるが
「介護をする人」から見ていくのも必要なのではないだろうか。
介護初心者が思う少しばかりの愚痴を書いてみたが
この国の介護のあり方を根本的に見直さないと将来的にかなり無理が強いられてくる。
「外国人労働者を増やせばいいではないか」という安易な考えではなく
理想の介護を作り上げていくのもこれからの命題のような気がする。
介護される方の背景にある家族との問題などたくさんあるのではないだろうか。
もともと介護とは支援であって提供ではないのではないだろうか。
僕の考えは間違っているのだろうか、、、
自分で悩みを増やしているだけなのだろうか。
次回はもう少し踏み込んで書いてみよう。
理想の介護や、言葉や慣習に振り回されないやり方など、、、
きっとあるはずだと思う。